記事の監修
株式会社リアルプロモーション 代表取締役松本剛徹
2011年に株式会社リアルネットを創業して、20代経営者ベストベンチャー30に選出される。
現在、全10事業を多角的に展開し、AI・教育・Webマーケティング・プロモーションなど4社を経営。
グループ年商は20億円を突破。事業売却や事業譲渡、会社売却を経験してきたシリアルアントレプレナー(連続起業家)として活躍中。
ゼロから新規に事業を立ち上げるのではなく、ある程度結果が出ている企業を買収して、その事業リソースを活用しながら事業を進めていく。このように、本来M&Aというのは、とても合理的でスマートな経営手法です。
ところが実際にM&Aの成功率をみると、およそ30%の企業しか、M&Aで結果を出せていません。新規事業立ち上げリスクを軽減するためのM&Aなのに、いったいどうしてこんなにも失敗が多いのでしょうか。
今回の記事では、まずM&Aが失敗したらどうなるのか、そのリスクについてきちんと理解していただこうと思っています。
また、M&Aが失敗する原因と失敗を回避するポイントについてもしっかりと紹介していきますので、これからM&Aを検討している経営者のかたは、ぜひ最後まで読んでみてください。
目次
M&Aに失敗したらどうなるの?
冒頭でもお話ししたように、M&Aの成功率は決して高くありません。したがって、失敗した際のデメリットをきちんと理解して臨まないと、取り返しのつかない状況に陥る危険性があります。
この章では、まず「M&Aに失敗したらどんなことが起こるのか」、3つのリスクを解説していきます。
- 人件費や営業経費など、経営の合理化が困難に
- 必要な技術やノウハウが手に入らない
- 事業継承問題が解決されないまま
それでは、ひとつずつ見ていきましょう。
人件費や営業経費など、経営の合理化が困難に
M&A最大の失敗とは、ひとことでいえば「投資額に見合ったリターンが得られないこと」でしょう。
買収先企業の「のれん効果」を狙って買収したのに思うような成果が出ない場合、買収企業の人件費や営業経費がかえって負担となり、経営の合理化が困難になります。
こういった状況を回避するには、まず購入側の徹底的なデュー・デリジェンス(事前の調査)が必要です。それなのに、費用を惜しんでデュー・デリジェンスを怠ると、売却企業の財務や事業体系に問題があっても、見過ごしてしまう可能性が出てきます。
(デュー・デリジェンスについては、のちほど解説)
さらに当初予定した金額よりも高額での買収になれば、あとからトラブルが発生しても修正する金銭的余裕がないので、最悪再売却も検討しなくてはなりません。
必要な技術やノウハウが手に入らない
新規事業に必要な「技術」「ノウハウ」「人材」を、すでに活動している企業を買収して賄う。それがM&Aの大きな目的のひとつです。
しかし、まったく異なる企業同士が合併するわけですから、お互いの従業員がうまく融合するとは限りません。とくに買収される企業側の従業員にすれば、どうしても購入企業にイニシアチブを取られてしまうため、不満を感じて退職する人材も必ず出てくるはずです。
かりに事業の中核を担う人材が流出した場合、技術やノウハウに関して、期待していたほどの効果を得られない可能性があります。
事業継承問題が解決されないまま
これは主に売却側の問題になりますが、企業がM&Aでの売却を検討する大きな理由のひとつに、「事業継承問題」があります。
中小企業の場合、経営者のマンパワーが会社を支えている面が強く、親族に事業継承するのが得策ではないケースも少なくありません。身内だからといって経営能力があるとは限らないし、そもそも親族が事業継承を望んでいないケースも多いものです。
その点M&Aでの事業継承なら、すでに実績のある企業が経営を引き継いでくれますし、従業員の雇用継続もある程度期待できます。
ところがM&Aが失敗すれば、事業継承問題は解決されないままです。誰か能力のある人が後継者として力を発揮してくれればよいのですが、そうでなければ会社の存続自体が厳しくなってしまいます。
購入側と売却側の両方からみる「M&Aが失敗する原因」(事例紹介あり)
M&Aを成功させるには、まずM&Aが失敗する原因をきちんと頭に叩き込むことが重要です。この章ではM&Aが失敗する原因を、購入側と売却側にわけて紹介していきます。
- 【購入側】M&Aの目的とゴールが不明瞭「ライザップ」
- 【購入側】デュー・デリジェンス(事前の調査)不足「LIXILグループ」
- 【購入側】PMI(統合後の経営体制づくり)のミス「みずほ銀行」
- 【売却側】事前交渉の不手際「廣済堂」
- 【売却側】交渉中に業績 / 経済が悪化する
原因がわからなければ、対策を立てようがありません。ひとつずつしっかりと確認していきましょう。
【購入側】M&Aの目的とゴールが不明瞭「ライザップ」
M&Aを検討する企業には、購入側売却側それぞれに目的があるはずです。購入側なら「多角化経営の基盤にしたい」「自社にはない経営ノウハウを入手したい」、売却側なら前述の「事業継承問題の解消」や「売却資金の獲得」などでしょうか。
しかし、こういった目的があいまいなまま、事業拡大だけを目的にM&Aを進めると、どうしても失敗の確率が高くなります。
ダイエット専門トレーニングジムを経営する「ライザップ」も、目的が不明瞭で失敗した企業のひとつです。ライザップは業績好調な本業の勢いのまま、ジーンズメイトなど最大で85社もの企業を短期間にM&Aしました。
同社は赤字企業を安く買取り利益をあげる手法で業績を伸ばしてきましたが、徐々に経営を改善しきれないケースが増え、20年Q4では約55億円もの大きな減収に繋がってしまったのです。
それもこれも、経営規模の拡大だけを目的にして、知見のない異業種企業を買い漁ったところに根本的な問題があります。
※22年同期では、収益構造改革により黒字化を実現しています
【購入側】デュー・デリジェンス(事前の調査)不足「LIXILグループ」
「大企業なのにきちんと調査していないの?」と思わずいいたくなるような、デュー・デリジェンス(事前の調査)不足による失敗の事例も数多く見受けられます。
住宅産業の大手「LIXILグループ」も、過去にデュー・デリジェンス不足で手痛い失敗をしている企業のひとつです。
そもそもLIXILグループは、東証一部企業「トステム」と住宅設備機器大手「INAX」が合併するなど、合併によって事業を拡大してきた企業体。
そんなLIXILグループは、海外企業とのM&Aも積極的におこなっており、2014年には欧州最大の設備機器メーカー「グローエグループ」を約4,100億円で買収しました。
しかしグローエグループの子会社である香港のジョウユウが粉飾決算を起こし、その破綻処理により、約608億円もの損失を計上してしまったのです。その結果、当時社長だった藤森氏は、その責任を取る形で2016年に役職を退任しました。
失敗の最大の原因は、間違いなくデュー・デリジェンス不足でしょう。ジョウユウが意図的に赤字を隠蔽したとはいえ、海外M&Aに精通した担当者がきちんと調査をおこなっていれば、こんな結果にはならなかったはずです。
【購入側】PMI(統合後の経営体制づくり)のミス「みずほ銀行」
PMIというのは、統合後の経営体制づくりのことを指します。M&A後、スムーズに経営を進めていくには、経営・人事・営業・意識など、あらゆる面でのいち早い体制づくりが不可欠です。
このPMIがうまくいかないと、みずほ銀行のように業務業務へ支障をきたす羽目にもなりかねません。
みずほ銀行はこれまでに8回もシステム障害を起こしており、21年11月には金融庁から2度めの業務改善命令を受け、頭取が辞任に追い込まれる事態にまで発展しています。
ちなみに、同じように複数の銀行が合併した「三菱UFJ銀行」や「三井住友銀行」ではシステムダウンが起きていません。そう考えると、「第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行」合併時のPMIミスが、みずほ銀行の大きな問題点なのは明白です。
【売却側】事前交渉の不手際「廣済堂」
純粋なM&Aではありませんが、M&A手法のひとつである「TOB(上場企業の公開株式買付)」が不成立だった事例は数多くあります。
今回紹介する廣済堂の場合、廣済堂経営者側からアメリカのファンド「ベインキャピタル」に打診があったもので、本来であれば成立の見込みが非常に高い案件でした。
しかし筆頭株主である澤田ホールディングスや創業者一族としっかりネゴをしないまま進めたため、反対勢力との競争による株価上昇が起きて、TOBは不成立に終わります。
このようにオープンな場での株式買付という性質上、TOBではどうしても敵対する購入希望者が現れやすく、成立が失敗する可能性を懸念材料として考慮しておかなければなりません。
【売却側】交渉中に業績 / 経済が悪化する(事例なし)
事業売却に着手するも、交渉中の業績や経済の悪化により、M&Aが不成立に終わる事例も少なくありません。こういった事例は中小企業に多く、後継者も決まらず資金繰りが苦しくなるなか、苦渋の選択として売却を決断するケースが多いようです。
しかし決断の時期が遅すぎて、すでに会社にM&Aするだけの魅力が残っていなければ、残念ながら購入してくれる企業はなかなか見つかりません。M&Aを成功したければ、経済に大きな動きがなく、かつ事業にまだ余力があるうちに動き出す必要があります。
M&Aの失敗を回避するために知っておくべき3つのポイント
M&A失敗の主な原因を理解してもらったところで、最後に「M&Aの失敗を回避するために知っておくべきポイント」を3点紹介していきます。
- M&Aはデュー・デリジェンスが命
- 適切な企業価値の評価を心がける
- M&A仲介会社のサポートを受ける
ひとつずつ解説します。
M&Aはデュー・デリジェンスが命
前述のとおり、M&Aはデュー・デリジェンス(購入側の事前調査)が命です。事業買収の前にはデュー・デリジェンスで、相手側が提示してきた企業情報を徹底的に調べていきます。
調査は専門的な内容が多いため、公認会計士や弁護士などの専門家への外部委託が必須です。おそらく費用は、数百万単位になってしまうでしょう。
ただここで費用を惜しみ調査の精度が落ちるようでは、問題を見落としてしまい、あとから多額の損失を出してしまうかもしれません。そういったことのないように、デュー・デリジェンスの予算は、しっかりと確保しておいてください。
なお、PMI(統合後の経営体制づくり)がうまくいかないのは、売却企業の人材評価が適性でないケースがもっとも多いです。
イニシアチブを購入側が取るのは当然としても、売却企業の人材をきちんと評価し、両者をうまく融合させていかないと、せっかくの優秀な人材が流出してしまう可能性もあります。
適切な企業価値の評価を心がける
前述のデュー・デリジェンスの目的は、まず「購入するかどうか」次に「もし購入するなら条件をどうするか」を判断する材料集めにあります。そのためにも、最低限以下にあげた項目の調査はおこなう必要があるでしょう。
- 財務:貸借対照表・損益計算書などから収益性と不正処理の有無を確認
- 法務:権利関係・知的財産・契約状況など、あとからトラブルになる要因を確認
- 税務:適性な納税がおこなわれているかを確認。企業イメージ悪化要因の排除
- 人材:円滑なPMI実現のために人事評価システムや雇用契約等を精査
適切に企業価値を判断するむずかしさは、購入側と売却側の思惑のズレにあります。購入側は売却企業がもつのれん効果を、できるだけコストをかけずに手に入れたいと考えています。
一方売却側にすれば、これまで頑張ってきた事業への思い入れもあり、そうそう安くは売れないというプライドがあるでしょう。
残念ながら、お互いの立場が180°違う両者の思惑は、決して交わることはありません。だからこそ、お互いが納得する条件を導きだすための、「外部専門家による第三者の客観的な調査結果」が重要になってくるのです。
M&A仲介会社のサポートを受ける
M&Aをスムーズに成功させるには、M&A仲介会社のサポートを受けるのが一番確実だと思います。ただ場合によっては、「公認会計士・税理士・弁護士」といった専門家へ個別に依頼することもあるでしょう。
しかし、こういった専門家が、必ずしもM&Aに詳しいとは限りません。またM&Aに知見があるとしても、よほど大きな事務所でもない限り、M&Aを手掛けた件数はそれほど多くないはずです。
ちなみに、相談先に取引先銀行を検討する人もいますが、銀行は基本的に大手企業だけをサポートの対象としています。したがって中小企業のM&Aには、おそらく積極的に対応はしてくれないでしょう。
そうなると、やはりM&Aを専門にしている「M&A仲介会社」が一番安心です。もちろん仲介会社は、公認会計士などの専門家ネットワークも構築しているので、専門的な調査にもきちんと対応してくれます。
まとめ
M&Aが事業成長にとって有効な手法であるのは、間違いありません。ただしM&Aの成功率は多くても40%程度であり、半数以上がなんらかの失敗をしている事実は、しっかりと頭に刻み込んでおく必要があります。
今回紹介したM&A失敗の原因を踏まえて、実りの多いM&Aになるように、きちんとリスクヘッジをおこなってください。